災害時に命をつなぐ。地元住民と築いたNEXCO東日本の津波避難階段

災害時に命をつなぐ。
地元住民と築いたNEXCO東日本の津波避難階段

2026/07/31

2011年に発生した東日本大震災。私たちNEXCO東日本が運営する高速道路も、数多くの被害を受けました。

本来は安全・安心に人やモノを届けるための高速道路ですが、有事の際には「命を守る場所」としての役割が求められます。そのために設置されたのが、地元住民の避難場所となる「津波避難階段」です。現在は、仙台市とその近郊に13カ所設置されています。こうした避難設備は震災後、津波避難タワーをはじめとして他機関でも設置が進みました。

津波避難階段は、どのような経緯で設置されたのでしょうか? 今回は、震災当時の様子を知る東北支社 管理事業部 不動産管理チームのチームリーダー 神田康弘さんと、現場担当として神田さんの意思を継ぎ、地域のみなさんとともに防災訓練に取り組む仙台東管理事務所 管理担当 白井凜々花さんに、希望をつなぐ力を動かすための取り組みを聞きました。

東北支社 管理事業部 不動産管理チーム チームリーダー 神田康弘さん
東北支社 管理事業部 不動産管理チーム チームリーダー
神田かんだ康弘やすひろさん

1996年日本道路公団に入社。長年にわたり道路管理、交通管理、用地取得の業務を担当。震災当時は仙台管理事務所の管理担当課長として、復興に尽力した数多くいるメンバーと協力して津波避難階段の設置に携わった。

東北支社 仙台東管理事務所  管理担当 白井凜々花さん
東北支社 仙台東管理事務所  管理担当
白井しらい凜々花りりかさん

2025年、東日本高速道路株式会社に入社。現在は道路管理や交通管理、自治体との協議に参加し、よりよい高速道路にしていくための維持管理に努めている。

目次 

高台の高速道路へ避難を 津波避難階段を設置した背景とは?

津波避難階段について、まずはどのような役割を持つ階段なのか? 当時をよく知る神田さん、教えてください。

(左から)神田さん、白井さん
(左から)神田さん、白井さん
神田さん
神田

津波避難階段とは、近くに高台がない地域で津波が来た際、高い場所にある高速道路へ避難できる階段のことです。

階段をのぼり、本線脇のスペースに避難が可能です
階段をのぼり、本線脇のスペースに避難が可能です
神田さん
神田

2011年の東日本大震災では、仙台東部道路の周辺まで津波が押し寄せました。宮城県の中南部は低平地のため、高台が少なかったことも影響していると思います。

津波と共にたくさんの車や瓦礫がなだれ込みましたが、高速道路の擁壁が防潮堤となり、市街地への津波を止めたんです。当時は公式の避難場所ではありませんでしたが、200名近くの地元住民の方がのり面をよじ登り、高速道路に避難したと聞いています。

のり面をよじ登ったということは、当時はまだ、津波避難階段はなかったのでしょうか?

神田さん
神田

はい、法律の関係上、道路へつながる階段を設置することはできませんでした。高速道路は本来、歩いて立ち入れる場所ではないからです。

ただ、地域のみなさんには震災以前から「いざという時は、高速道路に避難したい」というご要望をいただいていまして、当社としてできることを検討している中での震災発生だったんです。

津波発生時、高速道路へ避難してきた地域住民の方々
津波発生時、高速道路へ避難してきた地域住民の方々
神田さん
神田

周辺に高台がない環境でしたので、本当に危ない状況で避難を拒むことはできません。

階段をのぼって見える風景。周辺には平地が広がります
階段をのぼって見える風景。周辺には平地が広がります

津波避難階段は、いつ設置されたのでしょうか?

神田さん
神田

2011年9月には、仮設も含めて現在ある13か所に設置しています。翌年3月にはすべての整備が完了し、現状の体制を整えることができました。

当初は法令上の制約があったので、「高速道路の点検用の階段」という位置づけで設置していましたが、2013年以降、津波避難施設は高速道路に設置可能な設備として法令で認められました。

震災後に仮設された津波避難階段
震災後に仮設された津波避難階段

余震なども続くなか、とても迅速な対応ができたのですね。当時について、印象に残っていることを教えてください。

神田さん
神田

とにかく、震災発生時は「これは大変なことになった」という思いでいっぱいでしたね。5月頃までは、なかなか落ち着いて仕事もできなかったことを覚えています。

いつまた大きな地震や津波が来るかわからない状況でしたし、「一刻も早く避難できるような体制を整えておかなくては」と考え、設置に向けて動いていました。仙台管理事務所で働いていた仲間と地元住民のみなさんの協力がなくてはこんなにも早く進められなかったと感じています。

ここからは、白井さんにもお話を伺います。昨年入社されたとのことですが、入社前から津波避難階段の存在をご存じでしたか?

白井さん
白井

正直にお伝えすると、知りませんでした。当時は小学生で、東北から離れたところに住んでいたため、東日本大震災について多少の記憶はあるものの、入社してから現場の様子などを教えていただいていることが多いです。震災時の津波による被害についても勉強している最中です。

震災当時の様子は、どなたから教わっているのでしょうか?

白井さん
白井

先輩社員からはもちろん、地元住民の方にも教わっています。地域のみなさんと定期的に行っている清掃活動や防災訓練の際に、「階段のここまで津波がやってきたんだよ」「当時はこんな瓦礫があった」など、ニュースでは語られていないようなリアルな状況を事細かに伝えてもらっています。

津波避難階段に設置されている、当時の浸水状況を示すサイン
津波避難階段に設置されている、当時の浸水状況を示すサイン
神田さん
神田

清掃活動などは震災以前から取り組んできました。私は現場を離れて長いですが、自分が関わっていた活動が今も続いているのはうれしい気持ちになりますね。いつまでも続けてほしいと願っていた活動でしたので。

白井さん
白井

清掃活動や防災訓練はこれからも続けていこうと考えています。神田さんの思いを受け継いで、次の世代へと伝えていきたいです。

地元の声に耳を傾け、安全で住みやすい環境へ

津波避難階段はいざという時に命を救う場所ですが、日常的に気軽に立ち入れるわけではありません。どのように管理し、安全を守っているのでしょうか?

白井さん
白井

階段手前の立入防止柵は普段は施錠しており、自治体で鍵を管理し、日々の点検の際に鍵を開閉して管理しています。本線脇の避難スペースにも、道路内に人間や動物が立ち入ったり、避難時に走行車と接触したりしないように、フェンスを設置しています。

また、階段周辺の監視カメラが24時間365日稼働していますので、万が一の侵入にも迅速な対応が可能です。

立入防止柵は、緊急時には地域住民が開けられる構造になっています
立入防止柵は、緊急時には地域住民が開けられる構造になっています
白井さん
白井

津波避難階段の使い方については、正しい知識を身に付けていただけるよう、自治体と連携して地域住民との防災訓練を定期的に実施しています。とくに今の小学生や中学生は、東日本大震災を経験していない世代です。新しい世代にも防災訓練等を通じて、津波避難階段が設置された理由もお伝えするようにしています。

避難訓練の様子
避難訓練の様子

東日本大震災から15年が経って、震災を知らない世代も増えていますよね。

白井さん
白井

そうなんです。もちろん親御さんたちから当時の様子を伺っている子供たちが多く、どの地域でも真剣に話に耳を傾け、津波による大きな被害があったことや、津波避難階段の正しい使い方を理解してくれています。

地域住民との関わりを強く持ちながら高速道路の運営を行っていると思うのですが、長年地元のみなさんと関わってきた神田さんから、現場の事務所に所属している白井さんへアドバイスはありますか?

神田さん
神田

何より大切なのは、その地域に住む方々に会って話を聞くことです。震災前から「いざという時は、高速道路に避難したい」という地域住民のみなさんの声があったからこそ、震災後にはなってしまいましたが、迅速に津波避難階段の設置に踏み込めたと感じています。

神田さん
神田さん
神田

小さな声にも耳を傾け、現地の様子を丁寧に把握しておく。それが地域のみなさんからの信頼となり、安全・安心な高速道路の運営につながっていくと考えています。

白井さん
白井

ありがとうございます。ただ管理するのではなく、高速道路沿線に住まわれている住民のみなさんの安全を守ることも大切だと感じています。住みやすい環境にするために、どうしたらよいのか? 地域のみなさんと日頃から深く交流していきながら、よりよい環境を目指していきたいと思います。

最後になりますが、読者のみなさんにメッセージをお願いします。

神田さん
神田

もともと用地取得業務を行っていたので、地元の方とよく意見交換をしていました。高速道路が開通すると、建設中の時期に比べて住民の方と直接お話しする機会も減ってしまいがちですが、今も清掃活動や防災訓練を通じて地域のみなさんと交流する場があることを、とてもうれしく感じています。

これからも住民のみなさんの声を聴いて、地域の方が暮らしやすい環境づくりにつなげていければと思います。

白井さん
白井さん
白井

メッセージというよりも決意表明のようになってしまいますが、この地域に住むみなさんが、防災訓練を「自分ごと」にしていただけるように、草の根的に今の活動を広めていきたいと思っています。地元のみなさんから聞いた震災当時の貴重なお話を受け、自らも伝えていく立場ということも忘れずに、日々業務に取り組んでいきたいです。

日頃から地域と交流することが、迅速な避難や連携につながる

津波避難場所を示すサイン

NEXCO東日本は、いつ、どこで起きるかわからない自然災害に対して、適切に対処できる体制を常に整えています。実際に、津波避難階段は、震災以前から地元住民のみなさんと交流があったからこそ、迅速な設置ができました。

地元のニーズに丁寧に対応し、東日本大震災の復興に尽力した神田さん、そして住民の安全を守るために今でも地元住民の方々と交流を深めている白井さん。NEXCO東日本は、この思いを次の世代にもつなぎ、いつまでも安全・安心な高速道路を守っていきます。